少年の頃、私の楽しみのひとつに夜寝る前に布団の中で聞く母の怖い話があった。
母は色々な化け物になりきり、私に怖さを楽しませてくれた。幽霊やら、化け猫、母の兄が狸に化かされて聞かされた話、死体で遊ぶ狐の話。山姥、牛鬼、犬神に祟られた家の話。同じ話を何回もせがんでは聞き、真夜中の外にある便所にひとりで行けなくなるというはめになるのだ。
私は四国の山村に生まれ育った。夜になると三本しかない外灯の明かりがより一層、闇という世界を強く感じさせた。私は常に闇という存在を意識しながら暮らしてきたように思う。昼間とは別世界になる山村の夜の闇にはおばけや妖怪が潜んでいるものだと信じていた。実際、もののけを祀った神社なども珍しくなかった。化け猫を祀った“お松権原”、犬神神社に狸の塚。平家のお姫様が葬られているという塚の周りに椿の木があり、その椿を折ったり切ったりすると祟りがあるという話。私の友達の山師は古い山師の忠告に耳を貸さずその椿の木を切ろうと鉈を振り下ろした瞬間、太股をえぐった。
私の故郷では、そのような話が当たり前のように暮らしの中に混ざり込んでいた。今、私はあの闇ともののけ達がいとおしく、なつかしい…。
森口裕二 Moriguchi Yuji / プロフィール
1971年/徳島県生まれ。1990年/京都精華大学美術学部デザイン学科マンガ専攻入学(現・マンガ学部)同校卒業後、法面保護工事の専門作業員として現場に出ながら絵画を描く。96年に上京後、様々な雑誌にイラストを発表する傍ら、個展や企画展などを精力的に開催。
青春の残酷さや歪みさを醸し出す独特のロマンティシズムが漂う作風はどこか懐かしく、 永遠に答えのない朧であやふやな世界。